最近、「物を減らしたい!」という声を聞くことが増えました。
物質的な豊かさから、精神的な豊かさへと時代がシフトしてきているのかもしれません。
先日、私のミニマリスト生活に興味をもってくださった方とお話しする機会があり、実際にどういった物を手放したいのか伺ったところ、「本」「服」「思い出の物」などが挙がりました。
思い返してみると、これらは過去に私が最も手放しづらかった物たち・・・。
・段ボール箱に何箱もぎっしりと詰まった教科書やノート
・お洒落にそれほど興味がないのに、とってある着ない服
・滅多に見ることもないのに、なかなか手放せない思い出の物
当時を思い出しながら、具体的にどのように一つ一つ手放していったのかを書いてみようと思います。
また、手放すうちに気づいたのが、「手放すと、手放した以上のものが入ってくる」ということ。
「本当に?」と思うかもしれません。
私も最初から実感していたわけではありません。
でも、15年間に渡って手放しを続けてきて、振り返った時に「そうなっていた」と感じます。
本当に不思議です。
では、具体的に振り返ってゆきます!
よかったらどうぞお付き合いください😊
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本の手放し
私は大学で生物学を学んでいたのですが、卒業して就職した後も、当時使っていた教科書やノートなどを大切に保管していました。
段ボール箱に何箱もあり、引越しの時は一苦労。
当然ですが、「本って重いんだなあ~」と思った記憶があります。
働き始めてしばらくして気管支炎になった時に、ホコリ対策として物を減らしはじめました。
2012~2013年くらいのことだったと思います。
まずは置物や飾りといった、いかにもホコリが溜まりそうな雑貨から手放しはじめ、日常生活に必須ではないものから優先的に手放してゆきました。
その中に、本がありました。
普段、まったく見ることのない教科書やノートたち。
この先も持っておけば、いつか懐かしく見返す日も来るかもしれない。
でも、病気や仕事と向き合うために、優先すべきは「今、現在」でした。
そこには、研究者を夢見て勉強や研究に励んだ過去の自分が詰まっていました。
いつかはまた大学に戻って研究者に・・・と、当時はまだほのかな夢を抱いていました。
でも、これらの教科書やノートを手放したことで、「過去のがんばってきた自分」や「未来の可能性の中に生きる自分」といった「執着」も一緒に手放せたと感じています。
そして、少しずつ「今を真剣に生きる自分」へと変化していったように思います。
そのおかげで、目の前のことに集中して、困難を乗り越えることができました。
それに、勉強や研究に励んだ経験はちゃんと自分の中に残っていました。
物事を客観的に理解したり、論理的に思考したり、生物学的に考察したり、研究的なアプローチで試行錯誤をしたり・・・。
無意識でしたが、何かとフル活用していることに気づきました。
つくづく、教育の機会を与え、一生ものの財産を授けてくれた両親には感謝してもしきれません。
ちなみに、特に印象的だった教科書やノートは、1ページ1ページ写真に撮ってから手放してゆきました。
この作業をしながら、少しずつ執着を手放していったように思います。
この時に撮った写真を見返すことは一度もありませんでしたが😂
今でこそ、執着が減って潔く手放せるようになってきましたが、それもこうした練習の積み重ねがあったからなのだなあと改めて思いました。
物を手放すと、心の中の執着も一緒に手放せる。
「練習」の積み重ねで、心も体もどんどん軽やかになってゆく。
こうしたことを実感した出来事でした。
☞ 学生時代の教科書とノートを手放したら、「過去のがんばってきた自分」や「未来の可能性の中に生きる自分」も一緒に手放せて、今に集中して困難を乗り越えることができた!
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あともうひとつ、本に関して印象的だった出来事を思い出しました。
2020年頃から、体を根本から整えるために自然療法を学んできました。
そのため、食や健康に関する本がどんどん増えてゆきました。
本の著者から直接話を聞くため、静岡の山奥まで夫と一緒に出掛けたこともあります。
難しい病気を克服された方々の体験談を聞きに講演会に足を運んだり、講習会でお手当を教わったり、通信講座で指導を受けたり、健康料理教室で仲間と学んだり・・・。
本が繋いでくれたご縁で、本当に多くの貴重な学びを得ることができました。
それから数年が経ち、何となく、健康に関する本はもう「手放そう」と思いました。
一生持ち続けるかと思われた本たちを、すべてブックオフで売ってしまいました。
手放してみて気づいたのは、本の中の一字一句を覚えていなくても、大切なことはすべて自分の中に残っているということでした。
自然療法から学んだ、衣食住の整え方や、心のあり方は、今の私の生活の隅々にまで浸透しています。
そしていざ、本棚が空っぽになると、驚くべきことが起きました。
自分の中で新たなアンテナが立つのか、新しい情報がどっと入ってきたのです!
私の場合、それは起業に関する情報でした。
それから数年後、本当に起業することになるとは・・・。
本当に不思議。
振り返ると、健康に関する本をもう「手放そう」と思ったのは、それが私の血肉となったタイミングでした。
そして手放したら、今度は次のステップに必要な情報が入ってきた。
ひょっとすると、「手放そう」と感じたら、それは次のステップに進むサインなのかもしれません。
これが、「手放すと、手放した以上のものが入ってくる」と言われる所以でしょうか。
本当に面白いですね~✨
☞ 健康に関する本を手放したら、起業に関する情報が入ってきた!(そして実際に起業した!)
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服の手放し
私は年に2回くらい、「よし!お洒落をがんばろう!」とオシャレスイッチが入るのですが、いつの間にかすっかり忘れています・・・。
つい2~3カ月ほど前にもオシャレスイッチが入り、雑誌を1冊買って、今はもう落ち着いています😊
お洒落にはそれほど興味が持てないようです😂
それでも、少しずつ自分が好きな服というのは分かってくるようで、今はオーガニックコットンのカットソーとか、ワイドパンツを好んで着ることが多いです。
素材はコットン、色は白・茶などナチュラル系、シンプルで着心地がよく安心感のある服が好きです。
今でこそ失敗は減りましたが、以前は結構失敗していました。
失敗するのは大抵、「他人目線」で買った物でした。
自分の好みよりも、見栄えを優先したり、流行を追ったり・・・。
そういう物は大体、着心地が悪かったり、落ち着かなかったりして、ほとんど着なくなります😂
ようやくこのパターンに気づけたとき、「自分目線」で服を選ぶようになりました。
それからは、失敗もぐっと減りました!
まだ着れる服を手放すのは、「もったいない!」という気持ちが湧いてきてつらいもの。
着古した服を手放すのは、そこまでつらくないはず。
だから、「買ったけどあまり着ない服」を減らすのが大切かなと思います。
そのためには、そもそもの「服選びの基準を見直す」のが有効だと思いました。
私の場合、「他人目線」→「自分目線」に服選びの基準を変えたところ、失敗がほとんどなくなりました。
買った服は必ずヘビーローテーションで着るので、手放すのは服の寿命が来た時。
服を持った時に、「あ、エネルギー切れだな」と感じたら、「ありがとう」と言って手放します。
また、「自分目線」で服を選ぶと、人からどう見られるかをあまり気にしなくなるので、着回しについて考えなくて済みます。
かの有名なアップル創業者がいつも同じコーディネートだったように、堂々と毎日同じ服で過ごせます。
お洒落が好きな人は、ちょっとつまらないかもしれませんが😅
私の具体的な服の枚数はこんな感じです↓
春・夏:コットンのカットソー2着と、ワイドパンツ2着の、計4着。
秋・冬:コットンのハイネック2着と、ワイドパンツ2着(春・夏と同じもの、下にコットンのレギンスを履いて防寒)、ウールのカーディガン1着、ダウンコート1着の計6着。
そこに、ハレの日用のブラウス1着とパンツ1着の計2着。
年間で計10着ほどです。
すべてがお気に入りなので、毎日いい気分で過ごせます♪
お手入れも行き渡るので、気持ちがいい✨
先日インターネットで見つけた強者(ミニマリストNozomiさん)は、年間3着で過ごしているというから驚き!
ワンピース1着と、上着2着。
私はさすがにそこまでは難しそうですが、何だか少しワクワクしてしまうのはミニマリストの性でしょうか!
ミニマリストの生活を垣間見ると、常識の枠が外れることが多々あります。
「こんなに少ない枚数の服でもやれるの!?」
「え、それって無くても生活できるんだ!?」
「こんなに少ない物で楽しそうに生きてるなあ・・・」
などなど。
ミニマリストを目指さないにしても、そうした生活を覗いてみると、片付けのモチベーションが上がるかもしれません😊
☞ 服を手放したら、「他人目線」も手放せて、自分のお気に入りの服で毎日いい気分に♪
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思い出の物の手放し
思い出の物は、手に取るだけで何度でも楽しい記憶や、愛しい気持ち、懐かしい日々を思い出させてくれる素晴らしい物です。
単なる物質を超えて、感情的な結びつきや、人との繋がりを感じるため、なかなか手放しずらいもの。
でも、数が多すぎたり、そろそろ物を整理したいなと思ったら、厳選してもいいかもしれません。
なぜなら、厳選することで以前よりも手に取ることが増える可能性があるからです。
私は、夫からもらったプレゼントを、約20年間大切に保管してきました。
箱に入れて、クローゼットにしまっていたのですが、普段ほとんど見ることはありませんでした。
そこで、特にお気に入りの物に絞り、それらを目に見えるところに置くようにしました。
すると、毎日のように見て幸せな気持ちに・・・!
全部を大切に保管するのではなく、厳選して目に見えるところに置くことで、存在感が増しました。
「そうは言っても、思い出の物を手放すのって、難しい!」という声が聞こえてきそうです。
手放すのが難しいと感じる時は、「写真を撮る」という方法もあります。
ワンクッション置けることと、画像データが残ることで、手放すハードルが下がります。
私の学生時代の教科書やノートもそうでした。
1ページ1ページ写真に撮ったら手放せました。
そして、本のパートでも書きましたが、大切なことはすべて自分の中に残っていました。
思い出の物についても、大切な想いや、記憶、人との絆は、すべて自分の中に「ある」。
物を手放したからと言って、それらが失われることはない、と思います。
こうした「ある」に気づくと、自然と手放せるようになるから不思議です。
「手放すと、手放した以上のものが入ってくる」というのは、何かを得るために手放すということではなく、「ある」に気づいたら握りしめるのをやめて、自然と大切なものが見えてくる、という風にも解釈できるのではないでしょうか。
但し、そこに至るまでは、少し練習が必要だと感じています。
まずは、自分が手放しやすいものから、少しずつ手放す練習をするといいと思います。
そして、もうひとつ考えたいのが、「今の自分にとって何が大切か」です。
私の場合、まず思い浮かんだのは、大切な家族や友人との「時間」。
自分と家族が心身ともに健やかに、明日への活力を養う「空間」。
自分が心からやりたいと思うことに注ぐ「エネルギー」。
これらをしっかりと確保し、整えることが、私にとってとても大切です。
そのために、身の回りの物やタスクを極力シンプルにし、心の重荷も手放す。
思い出の物は、「今を一緒に生きる物」に厳選して、あとは感謝をして手放す。
こうして、時間・空間・エネルギーを生み出し、大切な人や、自分が本当にやりたいことに使う。
つまり、私にとって物を手放すことは、自分が望む生き方をつくることの一部です。
物は目に見えるので、「増えた・減った」が分かりやすい。
でも、時間・空間・エネルギーは目に見えないので、とても貴重であるにもかかわらず分かりずらい。
物を所有するということは、実はこの時間・空間・エネルギーという目に見えないものを消費することでもあります。
物を片付けたり、手入れしたり、探したりする「時間」。
物を置いておく「空間」。
物を管理するための物理的・経済的・心理的「エネルギー」。
だから、物が減ると、時間・空間・エネルギーが増えます。
そしてこれらを本当に使いたいことに使えるようになります。
一生が100年だとしたら、24時間×365日×100年=876,000時間。
つまり、人生は876,000時間という「時間」です。
この限りある時間(自分の命)を、何に使うのか。
現代は、物質的に豊かになり、容易に物を所有できます。
それが適正な量であれば、自分を助けてくれる強力なツールとなります。
でも量が多すぎると、逆に重荷となる可能性があります。
一度、物と向き合い、そのバランス考えてみる価値はあると思います。
自分にとって適切なバランスを取り戻せば、片付けのストレスや苦手意識も消えてしまうかもしれません。
さらには、自分が本当に大切にしたいことや、「何のために生きるのか?」という人生の哲学にも繋がってゆくかもしれません😊
☞ 思い出の物を手放したら、大切なことはすべて自分の中に「ある」ことに気づいた!
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今回は、本・服・思い出の物の手放しについて、私の体験を書いてみました!
初めてちゃんと言葉にしてみて、私は物と向き合うことで、自分自身の心や、生き方にまで向き合ってきたんだな~と、改めて手放しの奥深さを感じました。
これを読んでくださった方が、物との向き合いを通して、少しでも心身が軽やかになり、日々を楽しめるといいなと思います😊
最後までお読みいただきありがとうございました!
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